正しい知識に基づく議論を構築し、真実を探究するウェブ言論誌

論泉 RONSEN

鳥インフルエンザの脅威とどう向き合うか

陳五郎


感染症の最前線に身を置いて〜インフルエンザウイルスとの闘い

はじめに

薬剤師として、二十三年間身をおいた救急第一次病院から、現在の重度心身障害児(者)施設に職場を移してから、はや、三年が経ちました。私にとってのこの転機、すなわち、二〇〇三年を挟んで前後の何年かは、感染症医療にとっても大きな意味合いを持つ数年でもあります。

このたび、ウェブ言論誌『論泉』創刊にあたり、まずは私のような者に発言の機会を与えて下さった高坂様に感謝いたします。

思えば、私の半生は、感染症との闘いに明け暮れた日々でもありました。この経験が、読者の皆様の一助となれば幸いと思います。

タミフル

昨年(二〇〇五年)十二月半ばのこと。抗インフルエンザウイルス薬『タミフル』を発注したところ、医薬品卸担当者が、こう言った。

「症例は、出ましたか?」

私が、まだ症例は出ていないが、出てからでは間に合わない旨伝えると、彼。

「備蓄分については供給できません。」

国、及び自治体が備蓄をしているので、各医療機関での備蓄は認められないという。要するに、感染してから薬を買えということ。これは、私としては非常に理不尽に感じられた。

まず、抗インフルエンザウイルス薬『タミフル』は、ウイルスを死滅させる薬ではなく、ウイルスの増殖を抑制する薬であり、感染初期にこそ効力を発揮するものだ。通常、医療機関に風邪で受診するひとは、『おや、風邪かな?』と思ってから来院するものである。多くの場合、ある程度様子をみて、これは手におえないなということになってから来院する。この時点で、理論的には、抗インフルエンザウイルス薬『タミフル』の投与は意味が無い。ましてや、インフルエンザの診断を確定してから発注をかけ、配達を待ち、種々の手続きの後処方せんを私の所に持ってこられても、ほとんど手遅れ状態であることは火を見るより明らか。

さらに言うと、私の今いる医療機関利用者の大部分は重度心身障害児(者)である。このひとたちは、感染症に対して非常にリスクの高いひとたちである。たとえば、この季節、私ならほうっておいても三日の下痢で治癒するノロウイルスによる食中毒も、重度心身障害児(者)にとっては致命的ダメージとなり得るのだ。このような患者に対しては、インフルエンザの確定を待たずに『タミフル』投与を行うことを躊躇してはならない。さもなければ、のちに大きな後悔を残すことになりかねないと思っている。幸い、私の手元には昨年度の備蓄分、128カプセルがあった。十余名分はすぐに投薬できる状態であった。

といいつつ、二週間が経ち年の暮れを迎えることとなる。お正月を挟んでの前後一週間は、医療行政機関も医薬品卸もしっかりお休みをお取りになる。寒い在庫のまま年を越すことになるのかと思っていた十二月二十九日のこと。一例、インフルエンザの症例が出た。一症例については先述の備蓄分で事足りる。が、症例が出たことにより、医薬品卸は供給を拒否することができなくなった。緊急配達により200カプセルの備蓄補充ができた。そして翌日。十二月三十日のこと。インフルエンザは瞬く間に病棟に拡散してしまう。年を明けて医薬品卸が業務を始める頃には、手元の『タミフル』は底をついていた。

ワクチン

『タミフル』服用者のほとんどが十月にワクチン接種を受けている。このワクチンの購入についても医薬品卸及びメーカーと毎年必ずひともんちゃくあるのだが、今回これについては触れないでおく。ともかく、どうやらこのシーズンのインフルエンザには、ワクチンはあまり奏効しないようだ。これは、どういうことかと言うと、インフルエンザウイルスは毎シーズンマイナーチェンジをしており、ワクチンはそのマイナーチェンジを予測して製造(その年の春のことである)されているのだが、この予測がなかなかうまく当たらないからだ。現在すでにワクチン無効のタイプのウイルスを1例確認したとワクチンメーカーから報告を受けた。全体が3検体のうち1検体で発見というのだが、この33%が大きいのか小さいのか。これから分母が増えるのを待って評価するしかない。が、私の周辺の羅患者は100%ワクチン接種者。非接種者に感染者の出ないのは皮肉なことである。ワクチンの効果が期待できないウイルスタイプだったのか、あるいはワクチン接種で充分な抗体が獲得できなかったのか。いづれにせよ予防に失敗したことは曲げられない事実である。

予想材料のあるインフルエンザでもワクチンの効果というのは、まあこんなもんだと私は思っている。ところがこれがもし、まったく未知のウイルス相手ならどうなるだろう。そしてもし、非常に病原性というか毒性というか、とにかく人体に致命的ダメージを持つウイルスが相手ならどういうことになるのだろう。このことが昨近、関係各団体やマスコミ等で取りざたされている。

パンデミック

新型インフルエンザウイルスがもし出現し、そして、もしそれが世界的規模で大流行した場合、これをパンデミック(大流行)と呼ぶ。

前世紀において、人類は三度のパンデミックを経験している。一九一八年のスペインかぜ、一九五七年のアジアかぜ及び一九六八年の香港かぜである。日本でも三十八万人が死亡したというスペインかぜは、総数二千万人を超える死亡者を出したと結論されている。アジアかぜ、香港かぜについては、死亡者はそれぞれ推定で百万人といわれている。余談かもしれないが、私が経験した一九七八年のソ連かぜについては、パンデミックとされていない。理由は一九五〇年に流行したものが再流行したもので、国際的には新型インフルエンザとは認知されていないかららしい。

昨近、各方面で新型インフルエンザについて過敏に取りざたされている理由のひとつは、三回目のパンデミックからすでに三十七年が経過し、周期的にみていつ新型インフルエンザが出現しても不思議でないと思われているところにある。二十世紀の大流行をみると、十一年から三十九年の間隔で三度のパンデミックが起こっている。なにやら、地震予知と同じ論法のようにも感じられる。地震予知に関していえば、無意味を唱えるひとたちのグループと必要性を説くひとたちのグループでの論争もあるように聞いているが、後者のグループにより多くの研究費支援があるようにも伺っている。新型インフルエンザ対策については、いまのところあまり無用論というものを耳にしない。

ところで、この記事の執筆中に中外製薬がタミフルを国産化するというニュースが飛び込んできた。よって本記事の投稿に遅れがあったことをお詫びする。タミフルの製造・販売はスイスのロシュというメーカーが独占している。タミフルの供給不足はなにも私の周辺のみで生じているのではなく、世界的な社会問題なのであるが、実は、世界の生産量の60〜70%が日本で消費されている。これを国内で独占販売してきたのが中外製薬なのだが、この会社の実体は日本ロシュが旧中外製薬と合併して出来たもので、50%はロシュが株式保有をしている。さらに、タミフルを研究開発したのは米国のバイオ化学企業のギリアド・サイエンシズ社。中外、ロシュ、ギリアドという三社のつながりが見てとれるのだが、このギリアド社の元会長にラムズフェルド国防長官の名がある。現在も大株主であることは疑いない。またシュルツ元国務長官もギリアド社出身とのこと。タミフルの国家備蓄が実施されたのが昨年のライス・小泉会談の直後であったような気がするのだが、この関連付けは私の勘ぐりすぎであろうか。

以上、私事も交えてインフルエンザ治療の現状について紹介した。次回は、私の筆力でどれほどお伝えできるか自信はないが、「鳥インフルエンザの基礎」と題して述べようと思う。

2006年2月11日

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鳥インフルエンザの基礎

はじめに

私の知人で、貿易商のKさんはもともと養鶏場を営んでいた。ところが、一九八〇年代おわり頃と記憶しているが、冬のある朝、鶏舎に行くと昨日まで何事もなかったニワトリが全滅していたという。一夜にして何百羽だか何千羽だかのニワトリが死滅したのだ。これがきっかけでKさんは貿易商に転身し、現在成功をおさめている。

厚生労働省や各研究機関およびマスコミの、わが国における鳥インフルエンザについての認識は以下が常識として定着している。

【1925年千葉県での発生を最後に79年間高病原性鳥インフルエンザの発生のなかった国内に、高病原性のH5N1ウイルスが侵入した。】1)

では、Kさんの鶏舎を全滅させたのは何だったのだろう。疑問は解けないが、これから述べる鳥インフルエンザの基礎についての記述も、多かれ少なかれこういった学術文献や発表を参考にして書くことになる。安部先生が「クリオは詰まる」と言えば、それが常識として定着してしまう世界であるということは、薬害エイズでのみあてはまることとは思っていない。

家禽ペスト

わが国では一九二五年の発生以降鳥インフルエンザの発生はなく、二〇〇四年一月、七十九年ぶりに国内の養鶏場での発生が認められた。鳥インフルエンザと一般的に呼ばれているが、こう呼ぶと鳥類を宿主とするインフルエンザすべての総称となってしまう。いま問題になっているのは、鳥インフルエンザのうち、特定の血清型(H5、N7)に含まれるものについてで、これがとりわけニワトリに対して強い病原性を持つことから「高病原性鳥インフルエンザ」と呼ばれているものである。

「高病原性鳥インフルエンザ」は、かつて家禽ペストと呼ばれ、世界中の養鶏業者にとっては、いまなお最も怖れられているニワトリの伝染病である。家禽ペストが世界で最初に報告されたのは一八七八年のイタリアで、また、この伝染病がウイルス性のものであるということも一九〇二年、同じくイタリア人学者CentanniとSavunozziによって報告された。当時はウイルスという用語はなく、ろ過性病原体と呼ばれていた。さらに、このろ過性病原体がA型インフルエンザであるということは、後の一九五五年、ドイツ人Schaferによって解明される。

このCentanniとSavunozziの家禽ペストが、人類が最初に分離に成功したインフルエンザウイルスで、一九三〇年、ヒトインフルエンザの初の分離から遡ること二十八年前の出来事である。

鳥とインフルエンザウイルス

カモにせよガンにせよコウノトリにせよ、およそ水鳥たちは、インフルエンザウイルスとのあいだにおだやかで安定した共生生活をおくっている。ウイルスからみて、鳥たちを宿主と呼ぶ。この一方向性共生生活は、私たち人類からすれば気の遠くなるような、ながい生物の進化の過程で彼らが獲得したものだ。

ウイルスは水鳥の腸管上皮細胞という場所を住み家とし、ここで増殖する。他の棲み処を求めることは通常ない。つまり、他の臓器を浸潤することはない。増殖子孫ウイルスは腸管内腔へと放出される。いわゆる感染状態となるのであるが、鳥の腸管上皮細胞は新陳代謝が素早く、仮に組織全体を支配されたとしても、宿主自体に変調を生じさせることはない。腸管内で増殖したウイルスはやがて糞便として排泄され、湖沼に溶け込む。そして、また別の水鳥に飲み込まれてその腸管へと到達する。こういうサイクルが何度も繰り返される。水鳥たちは集団で行動するが、その群れのおよそ半数はその年生まれの幼鳥である。すなわち、過去にウイルス感染の経験がないということで、ウイルスからみれば非常に住みやすい宿主ということになる。こうして、取り込み、排泄を繰り返すことを水系伝播という。何十万、何百万羽もの水鳥たちが今日も水系伝播を繰り返している。

彼らウイルスが、もし偶然他の動物に伝播したらどうなるだろう。たいていの場合、新たな宿主の環境にウイルスは適応できず死滅してしまう。しかし、まれにウイルス自体が変異して、新たな環境に適応することがある。ブタに適応したものをブタインフルエンザ、ヒトに適応したものをヒトインフルエンザと呼ぶが、ニワトリに適応したものを指して近年、鳥インフルエンザと呼ぶひとがいる。この呼称は適切でないと思う。正しくはニワトリインフルエンザと呼んでいただきたいものだ。

たかだか数年前までは、インフルエンザといえば一般のひとたちはもとより、医療従事者間においても、これを流行性感冒と位置づけ、特にニワトリをイメージするということはあまりなかった。これを覆したのが、二〇〇四年、京都府丹波町におけるその冬三例目の発生事件である。匿名報告によって発覚したこの事例については読者も記憶に新しいのではないだろうか。BSE問題とともに、食の安全性について国民の一大関心事ともなった。次回、最終回は、鳥インフルエンザと私たち、ヒトとの関わりについて述べたいと思う。

References

1)Otsuki,K.,Yoneda,H.,Iritani,Y.:Distribution of antibodies to influenza A virus in chickens in Japan. J.Vet.Med.Sci.57:1063-1066,1995

2006年2月14日

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ヒト新型インフルエンザの正体

はじめに

まず結論から述べる。

【二〇〇三〜二〇〇四年のアジア各地をはじめとする鳥インフルエンザの世界的流行には不気味な雰囲気が漂っている。ウイルスの感染が腸などの局所にとどまらず、全身におよんで短時間でたくさんの鳥を死に至らしめたが、このウイルスの起源や伝わった経路などはいまだ謎とされている。この恐ろしいウイルスが人に感染しさらに人から人に感染したら―】

岡田春恵著、国立感染症研究所・田代眞人監修、『鳥インフルエンザの脅威―本当の怖さはこれからだ』(河出書房新社)の冒頭、書き出しの部分である。

さて、もしこの恐ろしい新型インフルエンザが出現したらどうなるのであろう。

新型インフルエンザもその正体はインフルエンザであり、いったん出現したら今あるインフルエンザにとってかわり、毎年冬になると流行し、数年を待たずに全国民が感染し、免疫を獲得することになる。それだけのことである。

WHOとサーベイランス

また、同書によると、

【高い致死率を持つ鳥の強毒性ウイルスに由来しスペイン風邪と同程度の伝播力をもつ新型インフルエンザが出現して地球人口の一〇%近くつまり五〜六億人が死亡するという試算さえあるのだ。】

と、過大とも思われる試算を紹介しているが、ほかにも、たとえば致死率を二十〜三十%と設定して、国内で数百万人の死者が出るというふうな報道を目にしたこともある。二〇〇四年初頭の鳥インフルエンザ騒動以来、鳥インフルエンザとヒトの新型インフルエンザとがしばしば混同され、ひどい場合にはSARSやエボラ出血熱等とひとからげにして「人類最大の危機」、「人類滅亡」などと表現する報道番組に、読者も遭遇した経験がおありではないだろうか。もし、もし、もしを積み重ねての仮定から導き出された結果報告によって、人々が無用なパニックに陥らないよう留意することもサーベイランス(調査監視)のひとつの課題としてとりあげられるべきではないかと思う。

現在においては、組織的なサーベイランス(調査監視)がWHO(世界保健機構)を中心として機能している。新型インフルエンザに対する知識も格段に向上してきてはいるが、依然、その出現を正確に予知する水準にはいたっていない。スペインかぜにせよ、アジアかぜ、香港かぜにせよ、いづれの場合も、突然多数のインフルエンザ様症状を呈した患者が出現し、その混乱のなかから新型インフルエンザの発生に気づかされたという経過を有するが、次に出現する新型インフルエンザについても同じ過程をたどって発見されることになるだろう。しかしながら、そのとき、それから導き出される結論が「人類の滅亡の危機」というのはどうであろうか。

CDCモデル

だからと言って、新型インフルエンザが出現した場合の被害を予測し、その対策を立案することが無意味とは思わない。ただ、国際的コンセンサスに基づいた数字を冷静に報道し、冷静に受け止めることが肝要と思う。

通常、毎年流行するインフルエンザで、人口の5〜10%が羅患する。日本では、約六百万〜千二百万人。新型インフルエンザの場合、最初に述べたように全員が免疫をもたない訳であるから、理論的には全国民100%が羅患するが、前二回のパンデミックの経験から、発病率は15〜35%の範囲内にとどまるとの推察が先進諸国のコンセンサスとして定着している。

CDC(アメリカ合衆国疾病制圧予防センター)という機関が、米国の過去のインフルエンザ発生状況を基礎データとし、感染率を予想算定し、試算したい地域の人口規模や人口構成に応じてインフルエンザ患者数や死亡者数を導き出しているが、これをCDCモデルと呼ぶ。本邦の厚生労働省もこのCCDモデルを用いている。それによると、羅患者は三千万人。医療機関を受診する患者数は千七百四〇万人としている。

通常のインフルエンザの致死率は0.05%〜0.1%程度と推定されるが、新型インフルエンザの場合この致死率は高くなると思われる。一九五七年のアジアかぜの時の英国における発症者の致死率は0.1〜0.3%であったとされている2)。これをあてはめた場合、新型インフルエンザの出現により、日本では三千万人の羅患として三万人から九万人の死亡者がでると予測できる。

日本の新型インフルエンザ対策では、CDCモデルに沿って3)十万七千人の死亡者(最小六万九千人、最大十六万七千人)及び、四十三万人の入院患者(最小十七万四千人、最大五十三万三千人)を予測している4)。これらの予測はタミフルもワクチンも使用せず日本が新型インフルエンザにさらされたときの数字である。

ただ、淡々と、このデータを受け止めることが、まず、鳥インフルエンザに向き合うための第一歩と考える。

おわりに

以上、現代社会のリテラシーという視点から『鳥インフルエンザの脅威とどう向き合うか』というテーマで述べてきた。しかしながら、駆け足で進んだため当然おさえるべき疫学的見地の解説が出来ていない。お許しがいただけるなら、『インフルエンザのウイルス学の基礎』及び、『スペインかぜから学ぶべきもの』というテーマで本稿の補足が出来れば幸いと思う。

尚、『タミフル』から『CCDモデル』までに至る一連の副題は、インフルエンザを知るためのキーワードとなっている。読者の研究の一助となれば幸いである。

References

2)菅谷憲夫:新型インフルエンザ対策:ワクチンと抗ウイルス剤.ウイルス 47:25-35,1997

3)Meltzer,M.I.,Cox,N.J.,Fkuda,K.:The economic impact of pandemic influenza in the United States :priorities for intervention. Emerg. Infect. Dis. 5:659-671,1999

4)新型インフルエンザ対策に関する検討小委員会:新型インフルエンザ対策報告書.厚生労働省,平成16年8月

2006年2月19日


新型インフルエンザ〜スペインかぜから学ぶべきもの

新型インフルエンザが、鳥H5N1インフルエンザやSARSと混同され、さらに国や地方自治体の新型インフルエンザ対策とマスコミ報道の姿勢がこれをあおるというふうなかたちで、最近、またいたずらに国民の新型インフルエンザに対する恐怖心に火がついてきたようです。NHKなどは、ドラマ仕立ての特番を二回にわたって放映しておりました(注)。三浦友和主演のドラマは私も見ましたが、やたら『タミフル』という商品名を連呼していましたね。確か、氏の奥さんが歌手であった頃、『ポルシェ』という商標が歌詞に含まれているため「真っ赤なポルシェ」という歌詞を「真っ赤なクルマ」と変えて歌わされていたことを、当の三浦氏はご存知なのでしょうか。『タミフル』は中外製薬という私企業の商品名。NHKなら、学術名『オセタミビル』を用いなければなりません。

民放でも、爆笑問題というお笑いタレントが同じような内容のバラエティー番組をやっておりました(注)。新型インフルエンザがひとたび人類に襲いかかったら、爆発的に感染は拡大し地球上の一億何千万人もの人々が死亡するそうです。私にとっては、やれやれまたかという印象ですが、拙文『鳥インフルエンザの脅威とどう向き合うか』の最後で『スペインかぜから学ぶべきもの』という続編執筆のお約束をしていました。これを機会に、本稿においてこの責任を果たしておきたいと思います。

先に述べたように、新型インフルエンザは、鳥H5N1インフルエンザやSARSとくくられて、なんだかとても感染力と死亡率の高い恐ろしい病気で、何とかこの脅威から人類を守らねばならないと思われているようです。ご期待を裏切るようで申し訳なく思いますが、新型インフルエンザは、いったん出現すれば、数年を待たず全国民が必ずかかって発病します。第一波の流行で国民のだいたい四分の一、さらに第二波で四分の一。約半数の国民がそう長くない期間に羅患するでしょう。こうして約半数の国民が新型インフルエンザに羅患し免疫を獲得するとその後の流行は大幅に縮小し、国民の一割程度が羅患する毎年のインフルエンザ流行となります。この段階に至って、新型インフルエンザによる死亡率も低下します。新型は新型でなくなり、A型インフルエンザとして十年〜数十年毎年流行を繰り返すことになります。

新型インフルエンザは、いまあるソ連かぜや香港かぜと同じように毎年のA型インフルエンザになるのであって、隔離や検疫などによって羅患から逃げるべき疾患ではありません。べきではないというか、避けることのできないものです。新型インフルエンザの出現は、”if”の問題ではなく”when”の問題と思ってください。要は、発病したときに的確な治療を行い、なるべくの軽症化を図り、あらたなインフルエンザウィルスに対する免疫を獲得すればよいのです。感染して免疫を獲得することは、個人にとっても社会全体にとっても有益であるという認識を持つことが肝要です。

ひとたび新型インフルエンザにかかったひとは、何年かは免疫効果が続き、仮に変異したウィルスの侵入を受けたとしても、重症化はしないでしょう。国や地方の新型インフルエンザ対策や、それを報道するマスコミには、ここの部分の認識が欠けており、恐ろしい感染症が国を滅ぼす勢いで流行するというイメージを国民に植えつけていることが問題です。新型インフルエンザは、ソ連かぜや香港かぜに代わって新たにヒトの世界に入ってくるA型インフルエンザの亜型であって、新型インフルエンザ対策では、外出を禁止したり食料を二週間分備蓄して家の中に閉じこもるというような隔離対策は適切とは思えません。新型インフルエンザには必ずかかるのです。

そう遠くない将来、鳥のインフルエンザから新型インフルエンザが発生し、大流行が起きるかも知れません。というか、確実にその日は来るでしょう。しかし、その新型インフルエンザがH5N1であるかどうかはわかりません。H5N1は、あくまでも候補ウィルスのひとつでしかないのです。スペインかぜでは、世界で四千万人以上が死亡したとされています。もし、いまスペインかぜクラスの強毒インフルエンザに襲われたら、世界で六千二百万人が死亡するという予測がLancetという英国の医学雑誌で発表されました。計算方法は、スペインかぜ当時の世界各国の死亡統計をもとに、現在の世界の人口構成、経済状況等をあてはめるかたちで死亡者数を予測したものです。論文によると、うち九十六パーセントは発展途上国で発生するそうです。日本での予測死亡者数は、十二万八百余人。この数字は、第一波、第二波を含んだもので、第一波の襲来で約六万人の死亡者が出るという計算になりますね。だだし、この論文での数字は、タミフルやワクチンの影響は考慮されていません。また、スペインかぜの時代には、抗生物質や、ステロイドはもちろん、抗アレルギー剤も持ち合わせていませんでした。タミフルやワクチンが仮になくても、かぜに対する対症療法は、スペインかぜ当時とは比べ物にならないくらい進歩しているということも忘れないでいてください。

最後に、もともと本稿のテーマは一昨年の『鳥インフルエンザの脅威とどう向き合うか』の補足として日本のパンデミック対策の問題点を取り上げるつもりでした。本文中でも、国や地方の新型インフルエンザ対策に批判的に表現している部分もありますが、これはいたずらに国民の恐怖心をあおっているという意味においての提言です。近年の日本におけるインフルエンザ研究の成果は、世界のトップレベルにあるということを申し述べて筆を置きたいと思います。

References

菅谷憲夫:日本の新型インフルエンザ対策の問題点:インフルエンザ4:317-318,2007

※注

総合テレビ『シリーズ 最強ウイルス』

 第1夜「ドラマ 感染爆発〜パンデミック・フルー」1月12日(土)午後9時〜10時29分

 第2夜「調査報告 新型インフルエンザの恐怖」1月13日(日)午後9時〜9時53分

ABC『近未来×予測テレビジキル&ハイド』「日本人の命が危ない!!殺人インフルエンザ上陸…600万人死亡!?」1月27日(日)午後7時58分〜8時54分

2008年2月5日

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