正しい知識に基づく議論を構築し、真実を探究するウェブ言論誌

論泉 RONSEN

論泉勉強会・第二回テーマ「同和利権問題と部落差別の現状」

座長 高坂 相


問題提起(高坂 相)

論泉勉強會の第二囘テーマは「同和利權問題と部落差別の現状」とする。

最近、京都府・大阪府・奈良縣などで、公務員の不祥事が次々と暴かれてゐる。その少なくない部分が、いはゆる同和利權絡みである。今囘、論泉勉強會のテーマに部落問題を取り上げたのは、同和利權が大きな社會問題となつてゐる現状にあつて、この機會に部落問題について正しく認識しておきたいと考へたからである。私は部落問題や同和利權問題については多くの知識を持たないが、本勉強會を通じて、この問題に關して知りたいこと、日頃考へること、言ひたいことを率直に述べたいと思つてゐる。本勉強會において活溌な討論がなされることを期待する。

同和利權の問題の起源は、同和對策事業にある。その沿革を振り返ると、昭和四十四年に同和對策事業特別措置法が時限立法として成立し、最初に制定された時には十年の時限立法だつたが、その後延長され、平成十四年に終結するまでに「地域改善對策特別措置法」「地域改善對策特定事業に係る國の財政上の特別措置に關する法律」など一聯の特別措置法に基づく施策が行なはれた。この間に約十五兆圓が費やされたといふが、莫大な金額である。同和對策事業の内容は、道路や上下水道など同和地區の環境整備、社會福祉施設や公營住宅の設置、同和地區からの行政機關への優先雇用などである。最近の行政の同和利權絡みの不祥事は、行政と部落解放同盟の癒着による不正、同和枠で雇用された公務員の不正や犯罪などが問題になつてゐる。

同和對策事業は、當初はあくまで近代化に立ち遲れた被差別部落の生活水準や教育水準を引き上げることを目的として行なはれたものであつた。しかし、「人權」が祀り上げられた戰後的思潮や、運動團體に對する恐怖などの要因によつて、被差別部落に對しては何も言へない、被差別部落を批判することは許されないといふ空氣が生まれ、同和問題がアンタッチャブルの領域になつてしまつた。必然的に同和對策事業を惡用して税金を食ひ物にする同和利權が發生し、ヱセ同和が横行するなどの問題を生んだ。また、被差別部落の人々が同和對策豫算に依存し、自助努力を怠る結果になつた面があるとも指摘されてゐる。

同和利權を考へる時、いくつかの點が問題になるだらうが、最も核心になるのは同和利權に絡む不透明な行政と運動團體の癒着の實態である。部落解放同盟イコールヱセ同和といふイメージさへある。同和利權に關しては、部落解放運動は當初から同和利權を食ひ物にしてゐたのか、どこかの段階で變質したのかといふことが、解明されるべきであらう。また、部落解放運動の思想が必然的に同和利權を生んだのではないかといふ檢證も必要だらう。人權運動が神聖化・特權化し、それ自體が權力に轉じ、政治的な黨派・組織として自己目的化して、黨派・組織を維持するために差別が存在し續けなければならないといふ轉倒すら生じてゐるのではないかといふことである。いづれにせよ、部落解放運動の功罪、光と影の兩面を見なければならないといふことである。

部落問題は、今、岐路に立つてゐると思ふ。現在、舊被差別部落に對する差別意識は明らかに薄れてゐる。人間は差別する生き物であるから、この世から差別がなくなることはないと思ふが、差別の對象は時代や場所によつて變化していくものである。部落差別に限つて見れば、消滅しつつあることは間違ひない。これは、同和對策事業の效果によつて目に見える貧困がかなり改善されたといふことも大きい。同和對策事業には功罪兩面があるが、環境改善はその功の部分である。若い世代は劣惡な環境に置かれたかつての被差別部落の状態を知らず、彼らにとつて部落問題は何らかの實感を伴ふものではない。假にネット上などで差別言辭を弄したりしたとしても、頭で考へたものに過ぎず、深刻なものではない。たとへば、私たち日本人にはユダヤ人差別は實感できないが、部落差別もさうしたものになりつつある。若い世代にとつては、運動團體のキャンペーンや同和教育が部落問題を知る、と言ふより「穢多」といふ言葉を覚えるほとんど唯一の機會になつてゐるといふ逆説的な状況さへある。

勿論、部落差別はまだ殘つてゐる。しかし、たとへば差別落書のやうな差別事象はあまり過敏に反應する必要はないし、どこそこが同和地區だといふ類の情報も、差別意識が薄れていく中では、だからどうしたといふ程度のものに過ぎない。差別事象の中では、結婚差別は現在も殘る深刻な問題であらう。結婚差別は最後に殘る部落差別になると思はれるが、逆に言へば、結婚差別がなくなつた時が部落差別の終焉である。平成五年(一九九三)の總務廳調査では、八十歳以上で「夫婦とも部落」は79.4%であるのに對して、二十五歳未滿では「夫婦とも部落」は24.4%で、同和地區出身者ではない配偶者との結婚が四分の三を占めてゐるといふ(※注)。この統計を見ると、半世紀で劇的に状況が變つてをり、實質的に結婚差別が解消しつつあることがわかる。ただし、同和地區出身の若者が實際に結婚差別に直面する場合もあるだらうから、さうした現實も心に留めておくべきではあるが、差別意識が消滅していく中で、結婚差別も早晩完全に意味を持たなくなることは間違ひない。

しかし、このやうに部落差別が消滅の過程に入つてゐる一方で、同和利權のやうな問題が顯在化することは、部落のイメージを惡くさせるものであり、新たに差別する理由を作つてしまふことにつながるものである。と同時に、同和利權が連日のやうに暴かれてゐるのは、部落問題がタブー視されなくなつてきたことの現れであり、實は差別が解消されつつあることを示すものでもあるといふ點も見逃してはならない。社會の側に差別してゐるといふ負ひ目の意識がないからこそ、不正を不正として追及することができるのだからである。

同和利權問題は、部落解放運動や同和對策事業の負の遺産である。求められるのは運動團體による自己淨化であるが、一般に、腐敗した組織に自淨作用はないし、利權に巣食ふ人々は利權を手放すことはない。また、被差別部落民に同和利權問題の解決を期待することはできないし、筋違ひでもあらう。同和利權に巣食ふ一部の暴力團まがひの人間たちに對して、多數の被差別部落民は何もできないし、わざわざ何かをしようともしないだらう。そしてそのことを責めることはできない。一部の被差別部落民の不正や犯罪を、たまたま被差別部落民として生まれたといふ理由だけで背負はなくてはならない義理はないからである(勿論、被差別部落民の中で同和利權のやうな部落に關係する不正を匡したいと思ふ人は、一人の市民としてやればいい)。

現在社會問題となつてゐる同和利權問題は、恐らく氷山の一角であらう。京都府・大阪府・奈良縣などの自治體では、行政と運動團體の癒着を認め、同和行政を見直すことを表明してゐるが、行政自身も「共犯者」であるから、問題解決は容易ではないだらう。同和利權問題は、基本的には第三者機關が嚴しくチェックし、法の支配の下に嚴正・公正な形で解決されていくべきものである。今後の推移を市民は嚴しく監視していかなければならない。

 ◇ ◇ ◇

「同和利權問題と部落差別の現状」といふテーマについて考へる時、さしあたり次のやうなことが問題になると思ひます。

1.部落差別とは何か

2.部落差別の現状

3.部落解放運動の思想

4.部落解放運動の現状

5.同和利權の實態

6.部落問題の今後

7.同和教育のあり方

8.人權擁護法の是非

皆樣はこれらの問題についてどのやうにお考へでせうか。皆樣の積極的な御參加をお願ひ申し上げます。以上、問題提起を終ります。

※注

角岡伸彦『被差別部落の青春』(平成11年10月12日、講談社)P49

參考テキスト

討論に當たつての參考テキストとして、次の三册を推薦しておきます。

角岡伸彦『被差別部落の青春』

被差別部落の青春

事象の解釋に疑問を感じる部分もありますが、政治色が少なく、觀念よりも高度成長期以降に生まれ育つた世代の實感を優先させて部落問題の現状を捉へてゐるルポルタージュです。單行本は平成11年に講談社から出てゐて、私はこれを讀んでゐます。平成15年に講談社文庫になつてゐて、これが入手しやすいでせう。文庫版の定價は税込600圓です。

山下力『被差別部落のわが半生』

被差別部落のわが半生

奈良縣の部落解放同盟のリーダー的存在で、奈良縣議會議員の自敍傳です。平成16年、平凡社新書から出てゐます。糾彈鬪爭の武鬪派時代から、部落差別の改善と共に人間性に基づいた柔軟な人權運動へと變化して行く姿が描かれてゐます。世代的に古い部落史と新しい部落史が混在してゐるのが興味深いところです。高度成長期以降の部落解放運動の同時代史としても讀めます。定價は税込777圓。

こぺる編集部編『部落の過去・現在・そして…』

部落の過去・現在・そして…

大きく變貌する部落と部落をめぐる現状を捉へようとする文章を集めた論文集。歴史や社會問題を極めて客觀的に論じてゐる文章が多く、讀み應へがあります。15年前の本ですが、現在問題になつてゐる事柄がほとんどすべてと言つていいほど包括的に論じられてゐる必讀の一册。平成3年、阿吽社刊。

平成18年11月21日

このページの上へ

アクセスカウンタ