陳五郎
10月の最後の日は『ハローウィン』ですが、これはもともとケルトの民のいわば収穫祭とでも申しますか、まあ言えば秋のお祭りが起源だそうです。数千年単位の歴史の話です。11月1日という日は、アイルランドやスコットランドでは冬の始まり(あるいは夏の終わり)とされています。古代ケルト人はこの10月31日から11月1日にかけてを、何か、物事が移り変わる瞬間ととらえていたようです。現実世界と霊的世界が交わる瞬間と。ですから、死者の霊や、魔女たち、あるいは精霊といった神秘の世界の住人と自分たちのいる現実世界との境界が無くなるときと信じられていたようです。日本のお彼岸やお盆と似てますね。ですからまあ、私たち日本人にとっては、秋のお彼岸といったところでしょうか。
昔のケルトの人々は、家の明かりを消し、丘の上に火を焚き、悪霊たちの注意をそちらにそらせようとしたそうです。これが10月の最後の日のハロウィンのことのおこりです。Samhain(サワーン)と呼ばれていたそうです。
『ハロウィン』と呼ばれるようになったのは、かれらがキリスト教徒になってからのこと。ハロウィン(Halloween)の語源は”Al‘ Hallows Eve ”です。『あらゆる聖なる人たちの日の前の晩』というくらいの訳でよいでしょうか。ともかく、サワーン(11月1日)の前夜という意味です。
現在のアイルランドでは、ハロウィンの夜、子供たちはおどろしいコスチュームで仮装して、近所の家々を訪問しては”Trick or treat! ”と叫ぶそうです。そしてかりんとうやチョコレートをトリート(ご褒美)としてもらうのですが、もしトリートが気に入らなければ、いたずらをしても良いということになっています。
また、この時期、アメリカでは子供たちがおおきなかぼちゃでランタン(ちょうちん)を作る光景を目にします。ハロウィンの前日ともなると、それはそれは忙しそうにランタン作りに夢中熱中。これは、その昔、アメリカ大陸に渡ったアイルランドの人たちが伝えた“Jack O’Lantern”という民話から始まった習慣です。これがもう、今では世界中で一般的なハロウィンの風習として広く根付いています。
さて、“Jack O’Lantern”、『ペテン師ジャック』の物語とはどういった話でしょうか。
アイルランドという、とおくてちいさな島の国の話。昔その国に、ジャックというケチで乱暴者で、大酒飲みの鍛冶屋がいました。
その日もジャックはいつものようにパブでしこたま酒を飲んでおりました。ですが、今日はハロウィンの夜。あの世とこの世の境界がなくなり、悪魔やお化けたちが人間にとりついたり、魂を食べてしまおうとねらっています。ぐでんぐでんに酔っ払っていたジャックは、ひとりの悪魔に魂を取られそうになります。
「おまえさんの魂をとってやる!」
もちろんジャックは魂をとられるなんてまっぴらです。
「わかったよ、俺の魂をやるよ。だが、その前にもう一杯だけ酒を飲ましてくれよ。おごってくれるかい?」
『ま、いいか、一杯くらい。』
悪魔は、酒一杯の代金の6ペンス硬貨に変身しました。
と、ジャックは硬貨に変身した悪魔をすばやく自分のお財布の中に入れてしまいました。実は、ジャックのお財布の中には、お守りの十字架がはいっていたのでした。悪魔は財布から出たいのですが、お守りのちからで出ることができません。
「出せ!出せ!出してくれっ!」
と悪魔は言いました。
「ほう、出してほしいかい?では、取引をしよう。」
「わかった、何でも聞くから出してくれ!」
ジャックは悪魔にこれから10年間はジャックから魂をとらないと約束させて、悪魔を財布から出してあげました。
やがて10年の月日がたちました。もうあの日の悪魔との取り引きのことなど、ジャックはすっかり忘れてしまっています。
きょうは、その日からきっかり10年後のハロウィンの夜。ジャックがいつものように酔っ払って夜道を歩いていると、またあの悪魔と出会いました。
「さあ、約束どおり、今度こそお前の魂をもらうぞ。」
悪魔はジャックに言いました。もちろん今度も、ジャックは魂をとられるなんてまっぴらです。ジャックは、側に立っているリンゴの木を指して言いました。
「わかったよ、俺の魂をやるよ。だが、その前にあのリンゴをひとかじりだけさしてくれよ。とってきてくれるかい?」
『ま、いいか、リンゴくらい』
悪魔はリンゴくらいとってやってもいいかと思いその木に登りました。すると、ジャックはすかさず木の幹に十字架を刻み込んでしまいました。木の上の悪魔は十字架が怖くて下に降りることができません。
「降ろせっ!降ろしてくれ!頼むから降ろしてくれっ!」
「ほう、降ろしてほしいかい?では、取り引きをしよう。」
ジャックは、今後、悪魔に絶対に自分の魂をとらないことを約束させて、悪魔を木から降ろしてあげました。
何年か経ち、ジャックも寿命で死んでしまいました。天国に行きたかったのですが、生きている時にケチで乱暴者だったジャックが天国に入れてもらえるわけがありません。仕方なく地獄の門をたたいたジャックは、そこであの悪魔と出会いました。
「地獄へ入れてくれよ。」
ジャックが頼むと、悪魔は、
「お前の魂はとれないね。だって、約束だからな。」
こう言って地獄へ入れてくれません。
ジャックは困り果ててしまいました。
「だったら俺は、どこへ行けばいいんだ?」
ジャックが尋ねると悪魔は、
「もといた所へ引き返すんだな。」
とつれなく言いました。
ジャックはいま来た道をトボトボと戻りはじめました。その道は暗く、つめたい風がひどく吹き荒れていました。真っ暗では道がわかりません。ジャックは悪魔に頼みました。
「明かりをくれないか。暗くて道がよく見えないんだ。」
悪魔は地獄で燃えている火の塊をひとつ取ってジャックに渡してあげました。ジャックはその火の塊を蕪(かぶ)の中に入れてちょうちん(ランタン)を作りました。そしてそのちょうちんを持ってこの世とあの世を行ったり来たり、さまよいあるくようになりました。
これが行く当てもない『ちょうちんジャック(Jack O’Lantern)』の旅の始まりです。
いつしか、ジャックの持つちょうちん(ランタン)が死んだ人々の魂をあらわすシンボルとなりました。 このお話がアメリカに伝わり、蕪(かぶ)はカボチャへと変遷しました。アメリカでは蕪(かぶ)にあまり親しみがなく、またおおきなカボチャがたくさん採れたのがその理由でしょう。カボチャは蕪(かぶ)よりも加工が簡単でした。子供でもちょうちん(らんたん)作りが可能です。こうして、アメリカでは子供たちがハロウィンの前の日にランタンを作るのが一般的になりました。
みゅーず掲示板より転載(本頁作成日2006年3月5日)
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